2009年 07月 07日
七夕は新暦?旧暦?どっちがいいのでしょうか?
この日、年に一度だけ、天の川を渡って織女と牽牛が出会うという織女伝説がもとになって、
旧暦の7月7日の夕方である七夕(しちせき)が、布を織る機(はた)の名である「たなばた」と呼ばれるようになったようだ。
全国的には、短冊に願い事を書き葉竹に飾ることが一般的に行われている。
短冊などを笹に飾る風習は、夏越の大祓に設置される茅の輪の両脇の笹竹に因んで
江戸時代から始まったもので、日本以外では見られないようです。
七夕とは元来、中国での行事であったものが奈良時代に伝わり、
元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさったようだ。
そして、新暦になったこの日に、天の川が見えるか、毎年、心配ですよね。
だって、まだ梅雨真っ盛りだから。
長い統計からいくと、新暦では、晴れる確率は約26%(東京)と非常に低い。
だから、天の川も見えない事が多いとのこと。
旧暦で晴れる確率は約53%(東京)であり、晴れる確率が特別に高いというわけではないらしい。
しかし、旧暦では毎年必ず上弦の月となることから、月が地平線に沈む時間が早く、月明かりの影響を受けにくい。
だから、天の川は見えやすい。
言い伝えられている物語
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天女が水浴びをしていると、若者がかいまみて、1人の天女の羽衣を隠してしまう。羽衣のない天女は天に帰ることができず男の妻となる。子供が生まれ、その子供の歌から羽衣が穀物倉に隠してあることを知り、天女は羽衣をつけ、子供を連れて天に飛び去ってしまう。天女は別れるとき、瓜の種を残してゆく。男はこの瓜のつるを登って天上へ行く。天帝の難題を天女の援助によって解決するが、禁じられていた瓜を縦に割ってしまい、瓜から流れた水が大洪水となり、男は流されてしまう。この川が天の川で、天女は流されてゆく男に、7日7日に会おうといったのに、男は7月7日と聞き違え、年に一度7月7日にしか会えないようになってしまった。
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ピッタリの歌があります。
渚ゆう子の「七夕の恋」を紹介します。
国立天文台では、2001年から、「新暦7月7日はたいてい梅雨のさなかでなかなか星も見られない」という理由で、旧暦7月7日を「伝統的七夕」と呼び、その日の新暦での日付を広く報じている。
日本で1番有名な仙台の七夕は、旧暦で行われている。だから、まだ今月は行われていない。
来月だ。
仙台七夕は、1927年に開催されている。
大規模な飾りつけが行われた商店街での祭りは大勢の見物客で賑わいだしたのです。
その後、例年開催されることになり、「七夕祭り」は集客力のある商店街イベントとして認知され、同様に日本各地でそれぞれの七夕祭りが行われるようになったのです。
なお、戦後に始まったものの多くはこの仙台七夕をモデルとしており、飾りつけに見られるくす玉も仙台七夕が発祥である。
これって、知らなかったよね。
仙台七夕飾りー1
仙台七夕飾りー2
仙台七夕飾りー3
じゃ~新暦でやってないの?
新暦の地区もあります。
有名どころでは、平塚の七夕は、新暦でやってる。新だ、旧だって、面倒くさい・・・・・。
お盆も、7月13~15日と、新でやる所(東京)と、8月13~15日と旧の地域(田舎は殆どが旧)がある。
季語から行くと、旧がスッキリするが、カレンダーはそうじゃないしね?
ちょっとビックリ。
それと、仙台の七夕飾り、とっても綺麗ですね。
最高ですよ。
それと、渚ゆう子のこの曲、1年に1回は歌われてるのかな?(笑)
七夕って、凄く歴史があるんですよ。
調べてビックリ。
ほとんどの行事は、中国から来てますね。
そういう意味では、中国と日本は長い歴史で繋がっているのですよ。
にらみ合ってる場合じゃないと思うけど・・・。
長崎は、中国総領事館もあるし、昔からの観光施設も残ってるので、中国が非常に近くにあるんです。
だから、親近感はあります。
渚ゆう子の曲、知ってましたか?
多分知らないでしょうね?