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68歳現役ボーカリスト

カテゴリ:母の闘病記( 12 )

母のその後!

ほぼ毎日母の所へは行ってます。
昨日は、体調が悪くなったと言って、点滴を打たれました。
だから、昨日はこのまま悪化するのじゃと落胆して帰宅したんです。

確かに、昨日は様子が変だった。
目はトローンとしていて、食事をする時、手が震えて食器が
持てない有様だった。
そして、食事をしながらも、体はユラユラして倒れそうだったし。
あ~~これは、大変だ・・・・・・・・・!
そう、思いながら重い気持ちで帰ってきてました。

さ~点滴を受けた翌日は、どうなってるだろう?
今日は、それを聞いた姉が、私も一緒に行きたいと言うので
姉宅に迎えに行き、一緒に施設に行ってきました。

すると、どうでしょう?
今日は、意識がシッカリしてるじゃないですか?
姉に、「指の爪を切ってくれ」って言うハッキリ状態だった。
姉は、施設の受付に爪切りを借りに行き、ついでに足の指爪も
切ってあげてました。

そして、姉と2人で「昨日の点滴が効いたんだろうな~」って!
あれって、脱水状態になったから点滴をしますって言ってたが
何の成分が入った点滴だったんだろう?
行くたびに、症状が違い、落ち込んだり、安心したり・・・・・。

これの繰り返しで、だんだん弱っていくんだろうな~~!
そう思います。
そして、もう、元気になって、我が家に帰れることは無い気がする・・・・。

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帰る時にベットに寝てる母の写真を撮りましたが、悲しい目をしておりました。

追伸

明日と明後日は、自治体の研修会で熊本県へ行ってきます。
従って、ブログはお休みで~~~~す。
私は再三、ここに書いてますが、自治会の役員を永年やってます。
文化部長と公民館長です。
今回は、九州公民館研究大会・熊本大会に出席の為です。

時間が取れたら、熊本城へ寄りたいな~~~!
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by aibiki2009 | 2012-08-29 22:53 | 母の闘病記 | Comments(8)

今日、介護老人保健施設へ入りました!

お蔭様で、母は、介護老人保健施設(老健)へ間違いなく入りました。
昨夜は、公開したMYWAYの作業をやりながら、途中、母の入寮準備でした。
何せ、持って行く物総てに名前をフルネームで書かないと行けない。

洋服の上着、そして下着、靴下(黒、ブルーは厳禁、名前が書けないから)
コップ、歯ブラシ、化粧水のビンや置時計、白い靴下が無いので買いに行ったり。
今日は、今まで入院していた入院治療費も精算しないといけないので、
ある程度のお金も持って行った。
今日は、7月分と8月の今日までの分を支払ったが、けっこうな金額になった!

別れはやっぱり辛いもの!
3か月も入院してると、お部屋の皆さんとも、情もいっぱいだ!
母のベットの前に入院しているおばあちゃんは、出て行く時泣いていた!
母も、感無量って感じでしたね。

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退院の為に着替えた母です!

次の所は、施設であって、医者、看護師も常駐してるが病院ではない。
そして、完全看護ではない。
今までの病院は、良くしてくれていたので、母は出たくなかったのです。
今日の母は、目まぐるしい、だって、病院の人とお別れしたけど、
30分後には、次の施設では新人だ!

母なりに、1人で歩けない身で、気疲れしたことだろう!
そして、母が入寮のことでいろいろやってる頃、私と姉は会議と言うか
話し合いと言うか、連絡調整会議を別室でやった。

栄養士、療養士、婦長、施設長、医者、担当者などを交えての今後について
2時間ほど、話し合いを持ちました。
スタッフの人も、テキパキと動いていて気持ちいい。
挨拶もキッチリしてきて、気持ちいい。
何よりも、広々している。
回復しなくてもいい、現状維持でもイイから、生き続けて欲しい・・・・・・・!

次の老健施設に到着です!
廊下は広々としていて気持ちいい!

とにかく、母を移転させた!
ずっと気がかりだったことが、終わった!
弟の嫁も様子を見にきてくれた。
だから私、姉、弟嫁の3人で、午後2時ごろ、ちょっと遅いけど、お疲れさん会の
昼食を和風割烹でやりました。

車の運転が無かったら、ビールで乾杯したい気分だったです!
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by aibiki2009 | 2012-08-20 22:33 | 母の闘病記 | Comments(6)

今の母の病名は「廃用症候群」です!

男性70.42歳、女性は73.62歳、これは介護を受けたり、寝たきりにならず、
健康で自立した生活ができる期間、つまり「健康寿命」の平均だ。
私も初めて知りましたが、このほど厚労省が数字として発表しました。

だけど、よく言われる、日本人の平均寿命は、男性79.55歳、女性86.30歳ですよね。
つまり、健康寿命と平均寿命には男女10年あまりのギャップがある。
ここからわかるのは、約10年間は誰かしらの力を借りなければ生きられないということ。
日本人の介護依存率の高さを浮き彫りにしているのが、お判りでしょう!

老化が進行するにつれ、ケガや病気による寝たきりリスクは高くなります。
ただ、病気やケガは、あくまでも寝たきりになるきっかけ。
私の母を例にすると、最初は歩いていて倒れ、肋骨にヒビが入り入院したが、
それは今はまったく問題は無く、別の病名になってしまった!
寝たきりになる要因は、長期間、じっとしたまま体を動かさないことで起きると言われてる。
高齢者は、何らかの病気でほんの数週間寝込んだだけで、回復した後、歩くのも大変。

体力がないから、動かなくなる。
動かなくなるから、気持ちも塞ぎ込む。
それで、ますます動けなくなる。
寝たきり生活が続くことで筋肉が固まり、関節の動きが鈍くなる。
そんな悪循環が長引いて、体の機能が働かなくなる、これが「廃用症候群」なのです。

こうならない為に、「う~んリハビリやりたくない、きつい」って言いながら
母は、午前中にリハビリのお部屋に行ってるようだ。
だから、午後の面会時間に私が行った頃は、いつもグッタリとベットで寝てます!

通常、血圧は、血流が足に滞らないよう、調節されています。
ところが、寝たきりで、つねにこの機能が働かずにいると、やがて
低下し立ちくらみなどを起こすようになります。

このほか、心肺機能が衰え、動悸や息切れといった症状も現れるようになるようです。
消化機能が衰え、食欲低下、便秘などのトラブルも起こりやすくなります。
そう、病気は、寝たきりのベッドで作られる!

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寝たきりでおこる病気、
気がついたら完全な認知症になってることも!

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by aibiki2009 | 2012-08-08 18:55 | 母の闘病記 | Comments(8)

母の画像を公開します!

今後、母がどうなるのか分かりません。
だから、今の内に母を紹介したいのです。
こんな顔をしております。
私の面影があるでしょうか?(汗)

昨日、病院へ戻る時、汚い母じゃ可哀想なので、元気そうな、そして
ファッショナブルな母にしてあげたかった。
着替えさせて、ボサボサの髪の毛をカバーする為にバンダナを巻いて、
そして、夏用に買ったばかりの涼しげなウエアーを着せました。

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昨日のトイレも行けない母とは、別人に仕上げました。
だけど、目がウツロです。

この表情だと一見、健康な人に見えるでしょう!
ほんの一瞬のシャッターチャンスだったです。
シャッターを切った後は、また横に寝ちゃいました。

姉も一緒に病院へ行ったので、病院へ着いたら、姉が手を引いてソロリソロリと病室へ。
やっぱり病室に入室すると看護師さんがいましたが驚いてました。
「あの寝たきりの○○さん?」見違えましたって!
してやったり・・・・・だ!

ベットに座り、病院着に着替えるんですが、自分ではボタンも外せません。
姉が脱がせて着替えさせましたら、またグッタリの母に戻りました。
女はお洒落をすると1次的だけど、シャンとなるんですね。

驚きましたよ!
便座にもちゃんと座れない母だったのに・・・。
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by aibiki2009 | 2012-07-27 22:00 | 母の闘病記 | Comments(6)

帰宅した母のトイレ顛末記

昨夜の夕方、1度、私が1番心配した母のトイレを一緒にさせたが、大苦戦した。
その後、就寝前にもう1度、トイレって言うので、母をトイレへ。
トイレは、母の寝室の隣なので、手をとって歩かせても数歩。
だけど、1人では歩けないので、私がサポートしないと。
2回目ともなると、少し慣れると思ったが、やっぱり大変だった。

1回目と同じように、母を抱くようにしないとトイレの中心に座れないのだ。
抱っこしてトイレの中心にお尻を持ってきて座らせた。
オシッコ終了して、その後、紙おむつのパンツが、上手くはかせられない。
紙おむつを替える方法など、介護の勉強をしとけば良かったよ。(大汗)

午後9時過ぎには、最後の薬を飲ませて、「お休み」って消灯して、寝かせた。
本日の母に関する作業は、これで終わった。
消灯するちょっと前に、「夜中はどうすればいいの」って母の悲しそうな顔。
「今、はいた紙おむつにやっていいから・・・」と私。

私は、その後、夜中の1時ごろまで起きていて、PC触りながら、母の様子を
ちょくちょく伺っていた。
多少の寝返りはうっていたが、ちゃんと寝ていたので、その後、私も寝ました。

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寝室のベットで寝た母です。
入院当初に比べて体重が10kgも減った。  見て下さい、この細い腕を!

私の寝室は、母の寝室の隣にあるから、呼べば聞こえるようにドアを
お互い開けたままで寝た。
すっかり寝込んで、夢の世界にいる私の脳裏に、何か音と言うか声みたいなのが聞こえた。
夢の中で、これは何だと思った。

あ~~~これは、母の声だ!
夢の世界から、現実に戻り、ガバッと跳ね起きた。
母が必死で1人で起きて、トイレに入り、終わった後に私を呼んだ声だったのだ。
下に当てていたパットは、水分の重りで持ったらかなり重い。

そう、夜中におしっこをいっぱいしたのだろう・・・。
トイレには流せないので、別のゴミ袋に入れた。
紙おむつが気持ち悪かったから、やもうえず1人でトイレに立ったのだろうな?
オシメにおしっこをして、気持ち悪くて泣く赤ちゃんの気持ちが分かったよ。
大変だったなお袋・・・・・・・。

病院から持ってきた新しい紙おむつをはかせようとしたが、7割ぐらいは1人で
オシッコの作業をやった母は、もうハーハー言って疲れ切っていた。
寝間着を触ったら、汗をいっぱいかいて、濡れていた。
これじゃダメだと、新しい夏用寝間着と下着を着替えさせ、新しい紙おむつをはかせた。
3度目なので、じょじょにコツが分かってきた気がする。
新しい夏の寝間着に替えたら安心したのだろう、再度ゆっくりとベットで寝た。

はっと時計を見たら、朝の午前5時ごろだった・・・。
途中、倒れたら大変だから、何かあったら私を呼べと言ったんですが、
何か病院みたいにボタンで呼ぶ機器が必要だな!
たかがトイレをするだけだが、母は相当疲れ切っていた。
もちろん、私も大変でヘトヘトです。

その後、お昼近くになったころ、今度は大きい方をしたいとなった。
それもそれなりに大変だったけど、4回目だから、少しは処理できたが
下着にちょっと付いてしまった。
トイレの事ばかり書いたけど、起きてから朝ご飯の準備、薬飲ませ、昼ごはん準備、薬飲ませ!
手が震えて箸が持てないので、私が食べさせた。
とても大変だし、1日だけでも、とても疲れました。

私は、状況を記録するために、まだ記憶もハッキリしてる本日の昼間に書いた。
まもなく、また病院へ戻ります。
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by aibiki2009 | 2012-07-26 15:25 | 母の闘病記 | Comments(9)

母を連れて来ましたよ!

まず、皆様からのお誕生日コメント有難うございました。
63歳という中途半端な年齢になってしまいました。
これからも、健康に気をつけて色々なことがあると思うけど
まだまだ老け込まないで、頑張ります。

自分の誕生日を忘れるくらい、母の事で頭がいっぱいだったかも!
一か月ぐらい前までは、もうすぐ誕生日だと覚えていたのに。
母の病院から、母の転院の事を言われてからと、先日は一時帰宅も
言われて、やることがいっぱいになって自分の事が飛びました。

約束通り、今日の午後の面会時間に合わせて、家を出発。
1時帰宅の時間は、午後3時だったので、午後2時半に着くようにした。
姉も一緒に行くと言うので、姉を自宅まで迎えに行き、出かけた。

本人は、意外と記憶がシッカリしてて、「来たよ」って言うと
今日が帰宅の日と分かっていて、自力で起きようとする。
だけど、腕がプルプルと震えて、力も入らないようで、結局起きれない。
私が、後ろに回り、首ネックを抱えて起こした。

入院した時は救急車だったので私服は、無かったのです。
だから夏用の私服を持って行き、病院着から私服に着替えさせました。
そこに担当看護師が入って来て、お洒落した母を見て驚いてました。
「わ~~~格好いい!」って。
昨日、母の部屋の掃除をしたとき、姉がコーディナートしたんです。

私の車に乗せましたが、シートを倒してやや寝かせ気味にして楽な姿勢に。
新しい車になったのにも気が付かないのか、何も言いませんでした。
久しぶりの我が家へ帰って来ましたが、夕食は姉が作ってくれました。
母は、ずっと、味が薄い病院食ばかり。
姉が、頑張って、栄養のバランスを考えたメニューを作ってくれました。

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まずは、リビングのソファーに柔らかい座布団を敷いて寝かせ、エアコンを入れテレビを。
病院では、テレビはいっさい見なかったとのことで、約3か月ぶりに見せた。
足が見えてるのは、姉の足です。


姉が傍にいて良かったとつくずく思います。
午後6時に夕食を食べさせました。
手が震えて箸が持てないと言う母にフォークを持たせて自分で食べる練習をさせました。
母は、一応、美味しいって食べましたが、量的には、ごはんは茶碗3分の1。
おかずは、全体の5分の1ぐらいしか食べれなかった。

そして、食べさせたのは、ダイニングテーブルじゃなく、リビングのテーブルで
柔らかいソファーに座って食べさせました。
椅子に座るのもキツイと言ってますから。
食後、姉を自宅まで送ってきました。
その間は、母は1人です。
ちょっと心配だけど、1人でテレビ見ててって、姉と家を出た。

姉を送って自宅に帰ったら、1番大変って思っていたトイレに行きたいと言う。
「いや~~遂に来たか」これが1番心配だったのです。
1人で起きれない母を起こして、手を取って、そろりそろりといざトイレへ。
母は、便座に座るのもままなりません。
中腰で踏ん張れないので、中途半端にドスンって寝間着のまま座ってしまいます。

もう1度、両腕を抱えて立たせて、寝間着の下を下ろし、次に紙おむつを
はがして、便座の中央に抱えて座らせ、トイレをさせました。
何かあったら大変なので、トイレのドアは、開けっ放しでさせました。
じっと見てるのも何なので、トイレの横で待ってました。

終わったと言うので、下は自分でティッシュで拭かせました。
そして、新しい紙おむつを私がはかせましたが、これがまた大変です。
股を広げさせ、パットを入れて紙パンツをはかせ、そしてずりあげます。
その後、寝間着の下をあげました。

そして、食後に飲ませなければならない薬があるので、飲ませたが
これが4袋もあるじゃないですか?
母も大変だな~~って思ってしまいました。

先ほど、リビングから母の寝室のベットに寝かせましたので、このブログを書いてます。
9時ごろ飲ませる薬があるので、それが終われば今日が終了する。
姉が食事を作ってくれたから良かったけど、姉がいなかったら私が総てやらないといけない。

やっぱり、寝たきりの自宅介護は本当に大変だと実感しました。
わずか1日だけの試験帰宅だから出来るけど・・・・・・。
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by aibiki2009 | 2012-07-25 20:48 | 母の闘病記 | Comments(8)

母を1日だけ自宅へ!

九州も今日、やっと梅雨空け宣言が出されました。
やっと大雨から解放され、これから、暑い日々が待っていることでしょう。

今日も、午後の面会時間に母のところへ行った。
すると、担当看護師が、ちょっとお話があるんですが・・・。
何だろうと思い、その看護師と話をしました。

お話は、母の今後についてだった。
担当ドクターから、症状がある所から小康状態で、今の現状だと
これ以上良くなる気配がない。
そして、母の病状からして、最終目標をどこに置きますかと言われた。

私は、母が入院するまでの状態が大きな病気じゃなく、倒れて肋骨にヒビが
入っての入院だったことを話しました。
そして検査したら、後燕性肺炎、糖尿病、骨粗鬆症、などいっぱい言われ
肋骨のヒビはどこかに吹っ飛んでいた。
だから、最終目標は、「また自宅に帰って、デイケアーへ行くようになる」のが
、最終目標ですと答えた。

それでは、一度お母さんの環境を変えてみましょう。
「お母さんを、1度自宅へ帰してみましょう」と言うことになりました。
「え~~、今の状態で帰宅ですか」って私。
毎日、病院にいると変化もないし、見てる景色も同じ。
ベットに寝てばかりいると、天井の模様しか見えません。

と言うことで、1夜だけ自宅へ外泊させることになりました。
今週の水曜日の夕方に病院を出て、家に連れて来ることになりました。
そして、次の日の夕方に、病院へ又帰るスケジュール。

帰って来たら、食事の世話が心配だ。(おかゆ、柔らかくしたオカズも作らないと!)
それと薬も食前、食後に飲むのも有るようだし。
姉が心配してくれて、明日、母の寝室の掃除をしようとなり、来ることに。
ついでに、市販のおかゆはまずいので、私がお粥を作ってあげるとなりました。

やっぱり、こんな状態で母が退院して帰宅したら、私がパンクする。
だって、1人で歩けない、トイレできないので紙おむつ、1人で食事出来ないの状態。
3度の食事の世話、トイレの付添、薬の世話ETC、母の傍から離れられない。

1日だけの帰宅だけど、今から緊張してます。

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今日の病院内の通路!
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by aibiki2009 | 2012-07-23 22:25 | 母の闘病記 | Comments(13)

試練の夏休み

大半の小中学校は、昨日まで学校で、今日から夏休みじゃないのかな?
子供が学校に通っている頃は、大切な夏休みなのでシッカリ覚えていたけど
子供は大人になり、2人の娘はそれぞれ母親になった今は、ハッキリしない。

それとTVを見ると、プロ野球でオールスターゲームがやってる。
私が小学生だったころ、覚えているのが、夏休みに入ったばかりのころに
プロ野球のオールスターゲームを見たな~と言うことです。
だから、小学中学校は、多分、今日から夏休みだろう?

夏休みには、各家庭、子供を連れてお爺ちゃんお婆ちゃんが待つ、
ふるさとへ帰ることでしょう。
又は、お盆に向けて帰郷する家族もいるでしょう。
また山や海へ、最近は海外旅行もするでしょう。

これは、学校が休みになる、夏休み期間中の大切な行事みたいだよね。
そして、子供たちは、沢山の思い出を作るのでしょうね!
曲の題名にもなる「夏休み」って言う言葉は、心に沁みるよね!

そう言う楽しい夏休みだけど、今、私は母が入院中だ。
だから夏休みも、何も、まったく関係ない。
今日も病院へ行って来たけど、そろそろ次のステップを考えないといけない頃!

先日も書いたように、母が入院してタイムリミットの3か月が目の前なのだ。
3か月を過ぎると、転院となるからだ・・・。
母は、完全看護の今の病院に、ずっといたいって言う!
「お袋よ」、俺もそうしたいよ、でも、そうもいかないんだよ!

楽しい夏休み期間は、私には試練の期間となる!

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母が入院してる病院の今日!
朝は雨だったけど、夕方には青空も覗いたよ!
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by aibiki2009 | 2012-07-21 20:09 | 母の闘病記 | Comments(4)

病床の母の日

今日は、母の日ですね!
還暦が過ぎて、孫もいる私です。
だから世間的にお爺ちゃんです。
そう言う年代に入った私でも、母は、いつまで経っても私の母です。
これは、一生変わらない関係、祝ってあげないと。

私の母は、完全に、自分がお婆ちゃんにも関わらず、今でも亡くなった自分の
母親の事を話す時、自分の事は置いといて、「ばあちゃんは、幾つで亡くなったかな~」
って言います。

これも、幾つになっても、私の母からすれば、ばあちゃんなのです。
そのような会話を聞いて、自分もばあちゃんなのに、可笑しいって笑いたくなることがあります。
皆さんも、同じ、立場の人は、この事が分るとおもいます。

先月の4月20日に入院してから、早いもので、24日が経ちました。
もうすぐ、1ヶ月になろうとしております。
私も、その後、毎日、1日も欠かさず病院へは行ってます。

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母は、点滴だけなので、痩せて細くなりました。

入院当時を思い出せば、まだ正常な会話が出来る状態で、ろっ骨にヒビが入ったのが原因で
入院しましたが今じゃ、胸の痛みは治まったのだろうか、あまり痛い素振りは見せない。
その後、誤嚥性肺炎が見つかり、一時、生死を彷徨いましたので、慌てました。

今の状態ですが、少しだけ上向きかもって思うけど、やっぱり、まだほとんど寝てます。
ただ、危ない状態は乗り越えたんじゃないかと思うんですが・・・・。
でも、老人は急に病状が悪化するので、まだ緊張感を持って接しております。
これから、点滴から、プリンなどを食べる練習に入ろうとすようです。
今後、生きていく為には、食事が取れるようになることだからです。

私も病院へは毎日行ってますが、帰りには、いっぱいの洗濯物を持ち帰り、途中、
スーパーに寄って食材の買い込みをして夕食の準備しながら、洗濯機をかけます。
夕食後に、それを干します。
朝になって、乾いていれば、そのままたたんで又病院へ持って行ってます。

今日は、母の日だから、病床にカーネーションを買って行きました。
「花がきれいだね」って言ってくれるのを願って・・・・・。
きっと、そう言う日が来ると信じて・・・・・・。

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ベットの横にある台に飾りましたが、まだ反応は無いです!

追伸

最近は、何だか気持ちが乗らなくて、ブログも書けません。
皆さまには、ご心配をお掛けしておりますが、暫くはコメントも入れられません事を
どうぞ、お許し下さいませ!

by aibiki
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by aibiki2009 | 2012-05-13 17:29 | 母の闘病記 | Comments(8)

母のその後と、車も負傷!

その後、毎日の事をこなしながら、母の看護続けております。
今日も、着替え、タオル類など洗濯物いっぱい持って行った。
前の病院から転院してから、5日が経ちました。
転院した時は、まだ連休のど真ん中だったので、詳しい精密検査が遅れてましたが
その後、検査が行われ、いろいろ病名が分ってきました。

転院先のドクターとの面談で、誤嚥性肺炎に掛かっていると言われました。
診断書には、その他にも、糖尿病、認知症、ろっ骨のヒビなど諸々書かれてます。
だから、誤嚥性肺炎は、まず流動食を含む食事をストップします。

以前から、食事はあまり食べれない状態だから、点滴により、抗生剤と水分を体内に。
老人が肺炎に掛かったら、危ないと言うじゃないですか・・・。
ネットで調べたら、誤嚥性肺炎を起こした老人は、入院することによって急激に体力が
落ちてしまうことがあると書かれていた。

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点滴している母です。
これで命が繋がってます。

私の母は、まさしくこれだったのではないだろうか?
ドクターは、老人だから、急変することもあるので、今は何とも言えません。
しばらく、様子を見ましょうって言われてます。

まだ、寝たきりで、話も出来ないのですが、手を握ると少し反応が出てきました。
この10日間ぐらい、食事は出来ず、ずっと点滴だけで生きている。
元に戻るか分りませんが、せめて、私と会話出来るまでに、なって欲しい!!
これが、今の私の気持ちです。

病院へは、毎日、車で通ってますが、このところの母の容態が悪化して
動揺していたのか、私の不注意か、要因は色々あると思うのですが
車の左側の側面を、入院先の病院の駐車場にある鉄柱に引っ掛けて、凹ませてしまいました。

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凹んだのが分りますか?
応急処置として、この車のメーカー色の吹きつけを買ってきて、
傷が目立た無いように処置しました。
これをしなかったら、バッチリと凹みがわかります。

対物車とぶつけたり、人身事故などの大きい事故じゃ無いのでご安心下さい。
頑張ってくれたこの車も古いので、もう廃車にしようかな・・・・!
姉がみっともないから、早く買い換えろと言います。
こう言う時なので、車探しは後にして、凹んでますが、この車で暫く我慢ですね。

いろいろな事が起きる昨今です。


私は、何とか頑張ってますから・・・・・。

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by aibiki2009 | 2012-05-09 23:14 | 母の闘病記 | Comments(12)

還暦を過ぎても、現役ボーカリストで頑張ってます。スタンダードやハワイアンを中心に歌ってます。血液型 O型
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