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人命救助しました。

今日は、昨日までの雨がやっと止んで晴れ、朝からグランドGでした。
ただ、始める8:30頃はまだ雨の影響があり、グランドは湿っており
開始を1時間半ぐらい遅れさせてのスタートでした。
いつもより大幅に遅れて、始めたので当然終わるのもずれ込んだ。

帰りに、いつも行ってる道の尾温泉へ行き、汗をながすことに。
今日は、いつも行く時間が1時間以上送れてので、着いて浴場を見ると
第1便で入浴する人達が上がった後でガラガラでした。

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グランドGの帰りに行った道の尾温泉。

お~~今日はユックリ浸かれるよな~と思い、温泉を堪能してました。
ここはサウナもあるので、汗を流すために、その後サウナも入り、悪い汗を流した。
そして、又浴場にて入浴すべく湯ぶねに入ろうとしました。

そこに3人ぐらい老人が入ってました。
ここは、1人、1人入るように、ステンレスパイプで仕切っている。
3人の中で、真中にいる老人が気持ち良さそうに、入浴しながら眠っている。
よっぽど気持ち良いんだろうな~って見てました。

私は、淵に座り、湯ぶねに浸からないでその光景を見てました。
暫くすると、その真中の老人が眠ったまま、横に傾き出したんです。
「あれ? ちょっとおかしいぞ」って注意して見てました。
すると、今度は顔が湯ぶねの中に沈み出しました。
顔の三分の二は、沈みましたかね。

「あ~~これは本当におかしい、意識が無いぞ」ってピンと来ました。
そのまま放置していたら、溺れてしまい、危険だ。
その老人は、呼んでも返事が無く、意識が飛んでるのが分ったんです。
隣りの人に呼びかけ、その老人を一緒に抱えて風呂からあげ、まずタイルに寝かせた。

それから、温泉の関係者を呼び、救急車を手配してもらい、救急車が来る間に
水道水でタオルを冷やして、頭を冷やしたり、足に水をかけたり、冷水を飲ませたり。
取りあえず、息はしてたので、救急車が来るのを待ちました。

その後、ウ~~てサイレンを鳴らしながら救急車が到着。
その老人を無事、救急隊員に引き継ぎましたよ。
そして、この老人の救急処置を見ながら、良かったってまず安心しました。
あのまま、誰もいなかったら、この人は意識が飛んでいたから、溺れ死んだでしょうね!

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老人を運ぶ為に、スタンバイしてた救急車。

脱衣場へ上がっていた人や、この人を知ってる周りの人から、
「あんたがいたからこの人助かったよ、ありがとう!」って感謝の言葉を
いっぱい掛けてもらった。

私は普段、老人の母をを見てるからおかしいって気がついたんでしょうね!
良かった良かった!!!
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by aibiki2009 | 2012-02-29 15:59 | その日の出来事 | Comments(6)  

坊さん月参りとデパート物産展へ

今日は、お寺から坊さんが月参りで来る日です。
この日には、亡くなった親父の為に姉も我が家に来ます。
そして一緒にお経を読みます。

我が家に姉が来る時は、仏壇にあげる花も買って来てくれる。
その時、仏壇にあげるお供え物も買ってくる。
そのお供え物は、お経をあげた坊さんに帰りに持たせる事が多いかな!

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今日のお坊さん
母と姉も一緒にお経を読んでます。


お昼頃、この行事が終わると、母がデパートへ行きたいと言い出した。
この所、ちょっと元気が出て気たみたいで、ローカルのテレビで見た
デパートの物産展が今日で終わるから行きたいって!

ちょっと雨も降ってきたけど、アッシー君をやってあげました。
姉も一緒に行くって・・・。
デパートに着いて、まずお昼を取る事に。
このデパートには暫くぶりに来たので、レストランで食事しました。

母が鍋焼きうどん私はいつもの、天刺し御膳。姉はスパゲッティー

物産展も最後の日だったので、けっこう込んでました。
行列が出来ていたので、何だろうと思って見たら、赤福の餅だった。
私は、東京時代、駅ホームで売ってるこの餅は良く食べたから、
行列してまで買う皆さんが不思議でした。




美味そう!
はるな愛のお好み焼き
赤ふく餅を買う行列。


食事とショッピングしてご機嫌だった母です。
私も姉が一緒だと、任せられるので助かります。
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by aibiki2009 | 2012-02-28 23:41 | Comments(6)  

Love Me With All Of Your Heart (太陽は燃えている)

まず、この曲名「Love Me With All Of Your Heart」が邦題では
「太陽は燃えている」というのは,どう訳しても解せませんけどね。

この曲も、大学時代に歌ってました。
それも、ラストの曲用でエンディングに歌ってました。
この曲を最後に、ステージの幕が降りてましたよ。
そう言う意味では、思い出いっぱいの曲と言っていいでしょうね。

そして、歌っているのがEngelbert Humperdinck(エンゲルベルト・フンパーディング)。
昨日のラストワルツを歌った人だ。
時として、日本で発売する楽曲の題名は、とても和訳とはかけ離れた題名がつく。

しかし、この曲はちょっと異なります。
それはね、そもそも原曲がスペイン語で、原題は「Cuando Caliente El Sol」と言うんです。
スペイン語を日本語に直訳すると「太陽が熱くなるとき」となります。
だから、邦題はこのスペイン語の訳からきているのです。
英語の曲名からじゃないのです。

英語版は1964年にレイ・チャールズ・シンガーズによって歌われヒットしたのが最初です。
エンゲルベルト・フンパーディングは、1936年生まれ。
父はインドで軍役についていたイギリス人、母親はインド人です。
これって、意外と知らない人多いです。

高校時代から既に歌手として本名で活動をしていて、22歳でレコード・デビュー。
でも、まったく売れませんでした。
29歳の時にマネージャー業をしていた旧友と再会して、名前にインパクトがないと言われ、
19世紀末のドイツ人作曲家の名前を芸名にしたんです。
だから、このような長い名前になったのです。
芸名を変えるのと同時に31歳の時(1967年)に「Release Me(リリース・ミー)
が全英で大ヒットし人気歌手に。

この曲を吹き込みをしたのは、心臓手術をする前の、まだ元気いっぱいの頃なんです。
声が元気いっぱいでしょう!(笑)
イントロと間奏のピアノは、私が必死で弾いてます。(笑)
原曲がスペインの曲ですから、歌っていて、やはり情熱的な感じですね。
だから、バックの画像はスペインの街や情熱的な女性をつかわさせてもらいました。

昨日と連夜でエンゲルベルト・フンパーディンクの曲をaibiki制作でお届け致します。



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by aibiki2009 | 2012-02-27 20:08 | YouTubeで私の歌 | Comments(9)  

ラストワルツをお聞き下さい!

今日は私のボーカルをお聞き下さいね!

「ラスト・ワルツ」はイギリスのバリー・メイスンとレス・リードの作品。
エンゲルベルト・フンパーディンクが1967年にリリースしてのヒット曲です。
この曲がヒットした頃は、私がまだ大学生のころ。
青春真っ只中、この曲を聞いて、ラストダンスを踊ってくれる素敵な
彼女ができると良いがな~って思い、出逢いを求めていたかな・・・!

そして、自分のバンドでやりたいね。
そう思い、チャレンジしたんですが、うまくいかなかったです。
この曲は、普段やらない3拍子のうえ、ストリングスが無いと雰囲気がでない。
そう言う事で、やりたいけど、出来ずじまいの曲だったのです。

それを、40年ぶりに再現することに挑戦したんです。
もう還暦すぎてますから、気合一発で歌わないと声が出ません。
体力がいる曲でした。
この曲を歌ってるエンゲルベルト・フンパーディンクも、この曲を出した頃は
若かったから、凄い声量なんですよね。

もっと若い頃のバリバリ声が出る頃に歌いたかったな~~~!
ま~62歳のロートルが、音源を自分で作り、そして歌ったのですから、
こんな感じでご了承くださいませ。
バックの画像には、素敵なグレース・ケリーの若い頃のスナップを使用させてもらう事で
この曲のエレガント感を出させてもらいました。

どうぞ宜しかったら、お聞き下さいね!


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by aibiki2009 | 2012-02-26 19:05 | YouTubeで私の歌 | Comments(12)  

お墓参りに行って来ました。

年末にお墓参りへ行って以来、暫く行ってなかったので
お墓の掃除を兼ねて、母を連れて行って来ました。
昨日なら、暖かかったので良かったですが、今日は平年並み。

雨の予報だったけど、午前中に行ったので、降られないですみました。
3月20日が春分の日でお彼岸なので、それまで行きたかった。
お墓参りをすると、気持ちがスッキリする。
科学では解明できない力があって、ご先祖様が護ってくれてると
言われている。
大切にしないといけませんね!

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お花を入れ替え、墓石の周りを雑巾で拭き、綺麗にしました。
この墓は、本家が函館なので墓がなかったので、私がUターンして
今住んでるところから、割りと近くに霊園があったので、作りました。
作った当時は、ピカピカでしたが、風雨に当たり少々汚れてきましたね。

崖っぷちに墓を作ってる事が多い長崎の墓。
だから、ほとんどの人が歩いて行かないとなりません。
老人は、きつくてある程度の年齢を過ぎたら、拝みに行けないのじゃないでしょうか。
ここは、車でいけるので、こうして母が行けるんです。

そして、私も知らなかったんですが、長崎の墓には、本体の墓石と
その横に、小さな土神と彫られた石が必ずあるんです。
子供の頃から見てきたので、その意味も知らないまま過ごしてきました。
東京でお墓へ行く機会がありましたが、そう言う物は無い。



これが、長崎独特の風習であるとUターンして知ることに。
本当は、土神(どしん)と読むらしいが、普通、つちがみさま と言っている。
調べたら、墓所を土地神から借りるので土地神を祀るらしい。
唐人屋敷に土神堂ができたのち、唐通事や帰化唐人から長崎市民へ広まったようです。

本体の墓石にお線香をあげたら、次に土神様へ必ずお線香をあげます。
この事は、お墓を作らなかったら、ずっと知らないままだったでしょうね!

今日の私です。
まだまだ寒いですよ!
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by aibiki2009 | 2012-02-25 15:56 | Comments(4)  

最近の自分を振り返る!

今日は、晴れた暖かい1日でした。
昼間は16度ぐらいまで上がったようです。
でも、これは今日だけ、明日からまた崩れるようだ。

私は、時間がある時ネットサーフィンしては、いろいろな事を覗きに行く。
これって、街中の繁華街をブラつくのと同じ気がする。
私はやってないがtwitterは行き交う人々の声。
ブログは覗き込む程度の店。
これもやってないが、facebookになると馴染みの店という感じじゃないだろうか。

目的が決まっていたり、時間がなかったりすると、
サッサと行って戻って来るんだけど…
少しでも時間的に余裕があると、かえってダラダラとした時間を過ごしてしまう。

目新しいものを見て、何となく勉強したつもりになったりもするが、
結局、自分は何一つしていない。
ただ目の前を情報が流れていくだけ、今じゃ、無尽蔵の情報量だからね。
発想の肥やしにでもなればいいが、実際には散らかった部屋と同じく、
頭の中に雑然としたものが残るだけのように思う。

私は、基本的には怠け者かもしれない。
「いやいやaibikiさんは、ブログもほぼ毎日更新してる。」
「怠け者じゃ、こうも更新できませんよ」って言ってくれる人もいる。
しかし、楽しよう、楽しようとしている自分がいる。

材料ばかり集めていても、料理を作る前に腐らせては意味がないよね。
最近、私の友人が病気で入院し、手術をした。
一命はとりとめたが、それくらい厳しい手術だった。

自分に置き換え、毎日を大切に生きないと・・・・。

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早くも郊外で見つけた菜の花!
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by aibiki2009 | 2012-02-24 20:11 | 独り言 | Comments(4)  

ぶらり散歩・オランダ坂

私が住んでる所は、長崎の郊外のベットタウン地区です。
だから、私の住んでる付近では、皆さんが想像する長崎の風景は見れません。
だから、時々、異国情緒を味わいたくて、昔の居留地付近をぶらり歩く事があります。

最近ずっと天候不順な長崎、曇りの日だったけど、写真を撮るべく歩いてきました。
全国的に有名な長崎の風景と言えば、オランダ坂ですよね。
この付近を歩くと、外国にいる雰囲気になって気持ちがウキウキします。
だって、洋館もいっぱいあるしね。

その1部を紹介しますね。

CMにも登場する有名な場所です。
上るとカトリック系の女子大に行く。
正面の中心に見えるのが日本最古の教会・大浦天主堂です。
その女子大が少し見える。

次に、江戸時代に、徳川幕府が認めた日本で海外との唯一の接点だった出島。
当時は、長崎港の海に埋め立てられた人工島だったけど、今は、島じゃないです。
周りは、さらに埋め立てられて、陸地になってます。
唯一、中島川に向かってる方が、そのまま残ってます。


復元された出島商館

今は、その出島があった所は、陸地になってますが整備され、当時の出島商館が
復元されてまして、観光名所になっております。
そして裏側は、扇型の島だった当時の形に沿って路面電車が走ってます。
走っている所は、昔は海だったところです。

右側の塀は、出島・オランダ商館の塀です。
そう、昔は海だった所を今は路面電車が走ってます。
線路上を車も走る!路面電車をアップ!
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by aibiki2009 | 2012-02-23 18:39 | 長崎散策 | Comments(6)  

母と姉と私でお昼しました。

長崎も、今日は雨。
ここの所、スッキリと晴れる日がありません。
雨が降らない日でも、ドンヨリとした日が多いです。

今日も、雨のため、グランドゴルフは中止。
そして、母がデイケアーがお休みの日です。
このお休みの日に姉が様子を見に来ることが多い。
今日も、雨の中、我が家に夕食のオカズを持って来てくれた。

母は、介護1ですが、デイケアーに週に4回行ってます。
私は、母がデイケアーへ行ってる時間が自由時間だから
毎日でも、デイケアーへ行ってもらいたい。

だけど、母がデイケアーへ4回行ってるが3回にしたいと言い出した。
その訳を聞いたら、行くのが疲れるようだ。
家でユックリしたいと言うのだ。

ケアーマネージャーを家に呼んで、相談しました。
3月から、週3回に変更手続きをすることに。
そのデイケアーでは、お風呂に入り、昼食を食べ、皆さんと
楽しい時間を過ごしたり、痛い腰のケアーをしてもらっている。

今日も、雨の中、母と姉を連れて、お昼を食べに行きました。
母が、うなぎを食べたいと言い出した。
へ~~、「うなぎ」ね~~!分りましたってことで、うなぎが食べれるお店へ!
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うなぎ御膳
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私は、いつもの刺身御膳。
刺身の鮮度が良くて凄く美味しいです。
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姉はあまりお腹が空いてないのでうどんにした。
上にのってるのはごぼう天です。
薄いけど、デカイ!


一緒に食べると、やっぱり美味しいものです。
帰りに、今日から改装売り尽くしをやってる大型店があるのでそこに寄りました。
ブランドのバックや時計、メガネコーナーもあり、それらが総て50%offで処分。
その他も、殆ど50%offでの売りつくしセール。
超満員で、車も置けない状態、そして物を買ってもレジが1時間半待ち。

部門レジがあったのは、貴金属売り場だけ、母と姉はブランド腕時計を買っていた。
私は、レジに並ぶ、長蛇の列を見て、買う気が薄れ、何も買いませんでした。
母と姉のアッシー君だったかな!
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by aibiki2009 | 2012-02-22 20:18 | その日の出来事 | Comments(6)  

五島椿まつり

長崎県の五島市で、2月18日から五島椿まつりが始まった。
数年前、五島へライブで行きましたが、行った時期が椿まつりのころでした。
紅葉は辺り一帯が紅葉するので凄いが、この椿まつりって凄くはない。
椿が群生している所は、そんなに広くないから。

ライブの会場は、島内でも繁華街だったので、椿など全く無い。
だから、せっかくの椿のシーズンだったけど椿が群生してる所へは行かず、
隠れキリシタンの島だから、椿より教会巡りをしたものです。
長崎のランタンフェスティバルのように、端境期対策として始めたのじゃないかな?

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そして、Youtubeでも紹介してました。



他に、私が知ってる椿まつりには、伊豆大島の椿まつりがある。
全国には、どれくらいの椿まつりがあるのだろう?
調べてみました。

調べたら、
椿祭り (東京都) - 毎年1月から3月まで東京都大島町で行われる祭りである。
椿祭り (山口県) - 毎年2月から3月まで山口県萩市で行われる祭りである。
椿祭り (愛媛県) - 旧暦1月7日から旧暦1月9日まで愛媛県松山市の伊豫豆比古命神社で行われる。
椿祭り (大分県) - 毎年3月大分県中津市で行われる祭りである。
足摺椿祭り高知県土佐清水市で行われる祭りである。
五島椿祭り長崎県五島市で行われる祭りである。
白椿祭り - 毎年4月に島根県安来市で行われる祭りである。

ウィキペディアで調べたら、これだけ載ってました。
全国的に有名な伊豆大島の椿まつりって、歴史もあるんだろうな~って思って調べたら
戦後に始まっていて、1956年からだそうです。
昭和に置き換えると、昭和31年ごろですね!
今年で、57回を迎えるようです。

「アンコ椿は恋の花」って歌が懐かしい!!!!
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by aibiki2009 | 2012-02-21 17:45 | その日の出来事 | Comments(4)  

天皇陛下の手術は、私と同じ!

天皇陛下が心臓の手術を受け、無事成功され本当に良かったです。
これは、心臓を取り巻く冠動脈の狭窄(きょうさく)が、以前より進行していたためだ。
冠動脈に狭窄が見つかった場合、投薬、カテーテル、バイパス手術の三つの治療方法がある。

私も極力手術は避けたかったので、半年ほど投薬で様子を見た。
この方法も、私とまったく同じパターンだ。
しかし、私も、投薬したけど狭窄が進んだのです。
そして、ほっとくと命を落すと言われ、手術をした訳です。

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バイパス手術は、詰まった冠動脈の先に別の血管をつないで血液の新しい通り道(バイパス)をつくる。
この場合の一般的な手順は、以下の通りなんです。

1、全身麻酔をかけます。
2、次に胸を切り開きます。
3、次に真ん中を上下に走る胸骨の中心を切り開きます。
4、胸骨の裏側に左右1本ずつついている内胸動脈の血管ををはがします。
  この剥がす時、一本に付き1時間半掛かり、2本剥がすのでこれで3時間掛かる。
5、剥がした血管を、髪の毛よりも細い糸で冠動脈に縫合する。
  この剥がした内胸動脈は胸骨に血液を運ぶ血管だが、
  なくなっても別の血管から供給されるため問題ないようです。
6、血管の縫合が終わった後に、切開いた胸骨を、くっつける為6箇所結ぶ。

バイパス手術は開胸して行うため、カテーテルや投薬に比べ患者への負担は大きい。
しかし、血管を狭めていた老廃物が流れて別の所で詰まりを起こすなどの危険がないのです。
私は、まだ60歳になったばかりだったので、体力も十分ありました。
老人になると体力も落ちる為、きつい手術である。

日本での最高レベルのドクター、言わば「神の手」と言われる人による手術。
天皇陛下も安心して臨めたと思います。
手術の内容を報道で見ましたが、病気の内容、手術の内容が私とほぼ同じだった。
だから無事終えられ、私も嬉しゅうございます。

次は、リハビリで体力を戻す作業が待ってます。
私の場合、切り開いた胸が、麻酔が切れるとメチャクチャ痛かった。
天皇陛下も、胸を切開したのなら、その後痛いと思います。

国民の皆さんの為にも、しっかりリハビリしてお元気になられますように!
そして、どうぞ、お大事になさって下さい!
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by aibiki2009 | 2012-02-20 17:51 | その日の出来事 | Comments(9)