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70歳現役ボーカリスト

長崎から江戸へ 象の旅ー最終回

最終回

その後は浜御殿(現在の浜離宮)で飼われた象さま。
はじめて見る巨大な象の飼育も大変で、一日に食べる量は、米を八升、
あん無しの饅頭を50個、ダイダイを50個…とペロリとたいらげる大食漢。
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諸大名や江戸町民にとって、この時代には珍しい象は、見世物となり、多いときは
整理券まで出すほどでした。
ところが、一年を過ぎたころ・・・
この象を欲しい者がいたら申し出るように、というお触れ書きが出される。

これは、象が毎日食べる餌代に、お金がかかりすぎたからです。
ところが誰一人として、象を欲しいという人は出て来ません。
結局、その後10年以上も浜御殿で飼われていました。

象が江戸に来てから、浜御殿に餌を運んでいたのが中野村の源助。
その当時から、象が出す脱糞に非常に興味を持っていたようで、麻疹(はしか)や
疱瘡(天然痘)には白牛の糞が効くともいわれていた時代。
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白牛の糞に効能があるのであれば、霊獣である象の糞はいっそう効能を有するであろうと、
源助は、象の糞を丸めただけのものに「象洞」という名をつけて丸薬として売り出してる。
効果があったかどうかは不明。

ある日、飼育係が象に殺されるという事件が起る。
それを聞いた将軍、吉宗は「誰か欲しい者がいたら、やってしまうがよい」と。
こうして凶暴になった象を、象のフンを売り出した中野村の源助にやることになったのです。
この源助に象は払い下げられて、幕府から飼育代として、年に百三十両をいただけて、
入場料を取ることも許されたのです。

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彼は堀をめぐらし柵を構えた立派な象小屋を作っている。
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その象小屋があったのは、現在の中野区本町三丁目にある朝日が丘公園の付近である。

ここでもまた、近くに住む人々たちが珍しい象を見ようと、競って見物にやって来てる。
しかし、この象が中野の源助に飼われるようになって、わずか一年八ヶ月目の、
寛保二年十二月一日に死亡、死因は栄養失調とも言われている!。
はるばる海を越えて日本に来て、長崎から「将軍ご用の象」として江戸に来た象は、
この中野の地で命を終えたのです。
あれほど評判を呼んだ象も、最後は寂しくかわいそうなものだったのです。

その後、源助は死んだ象の皮を幕府におさめ、自分は頭の骨と、二本の牙と、
鼻の皮を貰い受けました。
そのころでは、生きた象を見ることが出来なかった人もまだ多かったので、
せめて骨や牙だけでもと珍しがられたのです。
源助は、それからも、この象の骨や牙を評判の見世物にしたのでした。
ところがそのうち、源助も病気になり、五年ほど寝付いて死亡してます。

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宝仙寺所蔵品の木彫りの象!

中野坂上に宝仙寺という大きなお寺がある。
ここの和尚は、源助の子孫がもっている象の骨や牙のことを聞いて、寺に引き取っている。
その後、時代はどんどん過ぎて行きます。

やがて太平洋戦争が始まり、昭和二十年五月二十五日のことです。
中野区にも、アメリカのB29による空襲が始まり、焼夷弾が雨のように落ちてる。
長崎から江戸に来た象の遺物として残っていた象の牙は、その時焼けてしまったようだ!

以上が今回調べて分かった事でした。
また長崎関連で、面白い事を見つけて、書かせてもらいます!
3日間の連載読んで頂き、本当にありがとうございました!


おわり
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Commented by flying_alloha at 2013-04-20 18:25
ai さん、どーも!

なかなか面白い話でした。

日本昔ばなしかなんかでみたような気もしますが、当時としては象を飼育するって言うにはとてもたいへんだったでしょう。

この源助サンもあまりいい思いはしていないようですね!
かわいそうな気もします。

また面白い話があったらお願いします。(^^)/
Commented by aibiki2009 at 2013-04-20 20:26
Nさん今晩は!

私が知っていたのは、象が輸入され、長崎から江戸へ行ったと
言うことだけで、詳しいことは全く知りませんでした。
だから、これを書くまでに、かなり時間を掛けて調べました。

そして大体の事が分かったので、書き始めましたが
今度は、写真がなかなか見つかりません!
関係写真もいろいろ探しました。

だけど、調べて行くうちに、もっともっとって更に
調べたくなったのは事実です。
始まりがあれば、必ず終わりがあり、必ずしもハッピーエンド
じゃない。

逆に、可哀想な結末が多いですね!
また、長崎関連で面白いお話を見つけたいです!
読んで頂き、有難うございました!

けっこう、疲れました!(汗)
Commented by mimo at 2013-04-20 20:36 x
動物園でも象の餌代が一番多いと聞いたことがあります。
可哀想な最期だったのですね。
動物好きにとって興味のある象のお話でした。
有難うございました。
Commented by aibiki2009 at 2013-04-20 22:05
mimoさん今晩は!

音楽やってるのに、音楽ネタそっちのけでこんな話に
お付き合い頂き有難うございます!
こういうお話は、長崎に住んでいるので、見つける事が出来ます!
また面白いお話があったら書かせてもらいますが
今度は、音楽ネタか私のボーカルも公開しないとと
思ってます!

有難うございました。
Commented by パパリン at 2013-04-21 06:17 x
おはようございます。
まぁ誰でも珍しい物は見たいのは当然ですが、前後して何頭も象は長崎から運ばれています。

そして最後は悲しい運命ですね。象、くじらなど大きい珍しい物は将軍もお目どおりとなったんですね。くじらは品川に鯨塚が残っていますよ。

一杯調べてお疲れ様でした。楽しく読ませていただきながら、前に見た展示会や浮世絵展示を思い出しました。
Commented by aibiki2009 at 2013-04-21 11:07
パパリンさんどうも!

長文読んで頂きありがとうございます!
いろいろ調べると、次に次にって深みにはまりました!
1回だけで書くつもりが、3回にもなってしまって。

長崎に住んでいるお蔭で、これらの事を調べる気になったと
思うんです。
ラクダもその後、将軍へ献上にために入ってきてます。

だけど、調べたら幕府はいらないって、拒否してますよ!
その後、出島にいたけど、結局、見世物として全国を
廻ってますね!

鯨塚が品川にあるんですか?
鯨は、縄文時代から食用として食べられていたと
資料にありましたよ!

長崎も鯨を食べる文化が今でも残っていて宴会には
高級料理として出ます。
先日の、母の49日の料理でも出ました。
私は嫌いなんです、だから手も付けませんでした!(汗)
by aibiki2009 | 2013-04-20 15:49 | 歴史っぽいお話 | Trackback | Comments(6)

古希を過ぎても、現役ボーカリストで頑張ってます。スタンダードやハワイアンを中心に歌ってます。血液型 O型