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70歳現役ボーカリスト

2011年 11月 27日 ( 1 )

長崎古写真ー1明治初期の長崎の風景写真!!

私は、写真が根付きだした明治初期から昭和にかけての長崎を特集した
写真の本を持っております。
長崎文献社が発行してます。

本の表紙には、長崎浪漫・写真でしのぶ明治・大正・昭和と書かれている。
そして、長崎の街や風景を特集した古い写真を掲載している本です。
今の長崎と比較出来るので、意外と楽しいです。

一番興味深いのが、オランダ商館があった出島です。
当時は、完全に海にとび出た扇型の島だったが、今は埋め立てられて
陸の中であり、傍を路面電車が走っているくらい変わった。
すぐ前には、テレビ局もあるくらいです。
埋め立てられる前の風景は、どんな感じだったんだろう?

それと先日公開した旧香港上海銀行の付近の写真も興味がつきない。
今日は、その1部を紹介しましょう。

埋め立て前の出島(明治はじめごろ)
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250年もの間、オランダ国旗がひるがえった出島です。
愛する家族や故国をしのびながらオランダの船乗り達は、南風(はえのかぜ)が吹く
翌年の6月をここ出島の中で待っていたのです。

小舟と出島と稲佐山
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長崎国際テレビ(NIB)の社屋の方向から見た出島らしいです。
当然ですが、テレビ塔が無い稲佐山が後方に見えてる。
明治20年に東と西そして南側の海面が埋め立てられる以前の出島。
明治10年代とのことだ。

香港上海銀行と長崎ホテル
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豪華客船が接岸する松ヶ枝埠頭だが、この当時は当然無くて、すぐ海岸だったのが分る。
そして、海岸に並ぶ洋館が凄いです。
今の建物より豪華な気がするのは、私だけじゃないでしょう!

長崎ホテルの正面
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リンガーが作った長崎ホテルです。
この写真は、明治末期と書かれているから、リンガーが手放した頃かもしれない。
会社を倒産させたグラバーは東京へ去り、リンガーが長崎の経済界を引っ張ったのです。

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今、現在の香港上海銀行と長崎ホテル付近の前は、このように整備、埋め立てられ豪華客船が停泊できる埠頭になってます。
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ダイヤモンドプリンセス号が入港した時の様子で、判断して下さいね!


そして、リンガーは東洋で屈指の超一流ホテルを建てることが夢でした。
上海・シンガポール・香港・横浜・ヴァンクーバ・ヴィクトリアにあるような象徴的、
モニュメント的なホテルの建設。
これはリンガーの長崎へ対する想いの象徴でもありました。

明治31年(1897)、長崎ホテルを建設。
煉瓦造3階建て、海に面して3層のベランダをもつ大規模な本格的ホテルです。
設計者はジョサイア・コンドル(イギリス ロンドン出身)
上野博物館を建設した当時日本で最も有名な建築家です。

家具・設備・食器類は海外から輸入した最高級の設備で、各部屋に電話完備
自家発電、冷蔵設備も備えていたようです。
もちろん、当時では、日本初でした。
当時の英字新聞の広告などによると、一泊4円~。

これは日本の中でも、宿泊料は最高級だったようです。
by aibiki2009 | 2011-11-27 20:23 | 長崎の古写真 | Trackback | Comments(4)

古希を過ぎても、現役ボーカリストで頑張ってます。スタンダードやハワイアンを中心に歌ってます。血液型 O型